曼殊沙華は、秋に燃えるように咲く。
その花を前にすると、私はいつも
曼殊沙華は恋をするという小説が頭に浮かぶ。
昔読んだ気がするのだが、
どうしても思い出せない。
作者の名前も、登場人物も、あらすじさえも。
だが、確かに存在していた気がするのだ。
まるで、忘れられた恋人の横顔を思い出そうとするように。
花は燃える。
けれども彼岸花には香りがない。
近づいても、匂いは掴めない。
それは、恋に似ているのかもしれない
――強烈に視覚を奪いながら、手に触れればするりと逃げていく。
私は、読んだ覚えのない小説の行間を、
いま目の前の花の中に探している。
もしかすると、小説など初めから存在しなかったのかもしれない。
ただ、曼珠沙華が、
誰かを想って咲いているように見えただけなのかもしれない。
そう考えると、花弁の赤は急に艶やかさを増した。
思い出せない記憶も、手にできない恋も、確かにそこにある幻のように。

――曼殊沙華は恋を


